クリスマス・レミニセンス

「神様って、いると思う?」
 真面目な顔を作って言う姉は、今日も美しい。
「……え、何、お姉ちゃん」
 何だか怪しい新興宗教に勧誘されているかのような気分になって、思わず姉を見返した。大学で、おかしなサークルにでも入ったのだろうか。……いや、姉はきっとそんな馬鹿な真似はしない。それに、そんなものに頼るほど心は弱くないはずだ。
 疑ったのを申し訳なく思いつつ、どう答えたものかと考える。きっと、信じるか信じないか、私の個人的な意見を求められているわけではないのだろう。けれどその真意は計り知れないから、私は何か気の聞いたことを言おうと思った。
「……いると思う。だって天使はいるもんね」
「何? 神様の前に天使を信じるの?」
 意外、と姉はくすくすと笑って、私を見る。もう十数年、何万回も姉を見ているのに私は姉と目を合わせるのにまだ慣れない。青く透ける綺麗な瞳に視線を捕らえられると、それ自体はとても気分がいいのだけれど、自分の目が汚く濁っているようで恥ずかしくなって逸らしてしまう。こんなことを、きっと姉は知らない。
「うん、天使は信じるよ。だって今目の前にいるからね」
 私はこんなことを何食わぬ顔で言うのが得意だ。外から見たら恥ずかしいこんな台詞も、すらすらと口をついて出てくる。姉がたくさん持っている気取った恋愛小説を小さい頃からずっと読んできたからだろう。……具体的には、昔その中の何かの台詞を言った時に姉がとても喜んだのが嬉しかったのがきっかけだ。
「まーた、白雪ってば口が上手いんだから」
 そう言いつつも姉はにやにやとしていて、実際喜んでいるらしかった。
「こんな綺麗なひとが、果たして天使でないことなど、あるのでしょうか」
「ないね」
 芝居がかったふざけた口調で言うけれど、本心だった。かなり贔屓目で見ているのを差し引いても、姉は人並み以上に綺麗だと思う。きりりとした強い眼差しに隙のない身のこなし、近寄りがたい雰囲気ではあるけれど、私には優しく暖かく接してくれる。そんなところが好きだ。それと、少し自信過剰で自尊心に溢れているところも。
「ん、ちょっと暑いね。暖房消そっか。……クリスマスイブなのに、今日は暖かかったね」
「そうだねー」
 クリスマスといえば、毎年私は姉にからかわれてばかりだ。思い出しついでに、先手を打ってみる。
「じゃあ、お姉ちゃん。私は神様はいるって言ったけど……サンタクロースはいると思う?」
「…………し、らゆき」
 姉の、驚いたような、怯えたような顔が目に映る。焦って今自分の言ったことを反芻する。……別に、大したことではない。まさか私がサンタクロースを信じていないのに驚いたわけではあるまいし。
 姉の表情は変わらず、いつもの面影はない。それが何故だかは分からないけれど、とても悪いことをしたような気がする。姉に話しかけるのも怖くて――何か一つ間違いをしただけでも、すぐに姉に見捨てられてしまうようで怖くて。何も、取り繕うような素敵な台詞は出てこなかった。泣きたくて、けれど涙なんて出ないくらいに顔が引きつっていた。暖房を切ったばかりの部屋は、もう冷め切っていた。
「白雪は」
「……え?」
「白雪は、信じてるの」
 字面だけ見れば、去年までのやりとりと何ら変わりはない。姉はいつもクリスマスには、まだサンタクロースを信じているの、とからかう。それでも、こんな――こんな張り詰めた顔で訊かれると、どうにも答えにくい。
「……信じてる。だって、プレゼントはあるでしょう」
 実際には、プレゼントはサンタクロースから贈られるものだけではない。わざと滅茶苦茶なことを言っている私は、ずるい。卑怯な臆病者だ。
「……そっか」
 姉は少しだけ表情を和らげて、私から目を逸らした。その姿がとても痛ましくて、見ていられない。抱きしめたかった。抱きしめて、また気取った台詞を言って笑わせてあげたかった。
「……お姉ちゃんは?」
「私? ……どっちも信じてない。神様もサンタクロースも、いない」
 いない、と断言する姉は、悲しそうで、今にも壊れそうだった。本当はいて欲しいのかも知れない。
「お姉ちゃん、私がなるよ。
 神様も、サンタクロースも、ここにいるよ」
 そう私が言うと、姉は私をいつものようにぎゅっ、と強く抱きしめた。
「…………ありがと」
 姉の暖かな体温に、私は安心した。安心して、要らぬことまで口走ってしまった。
「でも、お姉ちゃん。神様がいるかって……何でいきなりそんなこと訊いたの?」
 どく、と姉の心臓が飛び跳ねた。間髪を入れずに姉は言う、
「昔の話。私も訊かれたの。
 ……白雪は答えるのが上手いね。私は駄目だった」
 いつもの、あの凛とした声で。最後は消えかかって、聞き取れないくらい小さい声になってしまっていたけれど。
「……結局、あの子は何を思ってたのかな。何が正解だったんだろう」
 聞こえないふりをする。姉はきっと、私に話しかけてはいない。……昔の、姉に神様の存在を尋ねた人に向けて。
 窓の外を見ると、白いものがちらちらと舞っている。雪だ。昼間はまるで本当の春のようなうかれた暖かさだったのに、今は雪が降っている。
 姉が腕に力を入れた。私は姉に体を預け、ぼんやりと雪を眺める。
 窓ガラスは室内外の温度差を受けて、結露し始めていた。