いきしろし

「まあまあ、いいじゃないか。きっと彼女だってそれは承知の上だ。それとも、なんだ、気に入らないのか? ――自分以外に彼女が我儘を言っているのが」
と深壁は小さな黒い箱から白く細長い棒を取り出しつつ言った。彼は煙草を好んでいた。その値段が前の年の二倍三倍になっても、華やかな銘柄が改称されていっても、パッケージがグロテスクな写真の競争場になっても。彼は目を伏せて浮世離れした様で白い煙を吐くのを止めない。その煙は喫煙者自身へだけでなく他人へも健康被害を与えるというが、彼はそれを気にしない。私も、最早呆れ果てて迷惑と思うことさえない。寧ろノスタルジーを感じるくらいだ。
自他へ害を及ぼしてお構いなしという点は、まるで彼自身のよう。ぷかぷか舞う白煙をぼんやり眺めながらそう思った。
「気に入らないということはありせんね。私は仕える身なので、主人が何をしようと私から申し上げることはございません」
「いや、違うな。気分は良くないだろう? 俺が言ってるのはさ、純粋に気持ちの問題なんだ。こうであるべきとか、そうすべきとか、そういう人間みたいなことを言うなよ」
いかんせん私は人間なもので。あなたはどうだか知らないけれど。それに、義務と当然を私とご主人の関係から取り上げたところで、一体何が残るだろうか。主従関係ありきの間柄なのだから、今さらそれらを切り離して自分の気持ちを考えたところで何の意味をも成さない。
「今日は寒いな」
十数畳分はある大きなガラス窓を背景に、体のラインが出る細身のスーツを着た彼は煙を吐いた。どこかの高級ブランドのものであろうその服の色は、彼が最も愛する赤。下品で吐き気がする。
「そうですね。最高気温は七度だそうです」
「そりゃ寒い。綾部(あやべ)、寒いか?」
ただっ広いがらんどうの部屋に、居るのは深壁と私の二人きり。そして恐らく、いや確実に暖房は入れられていない。私はアンダーウェアを何枚も重ね着しているのにも関わらず少し寒い。まさか彼がそんな貧乏臭い真似をするとも思えないから、きっと私よりもずっと寒いことだろう。けれど彼はそんな様子はおくびにも出していない。
「ええ、多少」
「どうして俺が暖房を付けないかわかるか?」
私の受け答えなんか聞かずに深壁は続けた。一般的に考えれば、乾燥するから、機動音がうるさいから、節約のため――そんなみみっちい理由を彼の前で口にするのは苦し紛れにも恥ずかしい。
「顔を上げてみろ」
答えは目の前にある、と微笑んで。相変わらず深壁は芝居がかった態度のいけ好かない男だ。
俯いていた頭を擡げて彼を見る。答えと言ってもそこにあるものなんて――
「正解は、窓の結露を防ぐため」
深壁の答えを聞いて、はあ、と出かかった溜息を、なんとか喉に押し返す。
「それなら結露しにくいガラスを使わせればよかったのでは? 最近では結露を防ぐスプレーなどもあるようですし」
「分かってないな、綾部。このガラスは反射が少なく透明度が高い。結露防止なんてものをつける余地はないんだ。特注でね、この辺り一帯がよく見えるように選んだんだ」
それに、と続けて、
「俺がこの大きな窓ガラスにスプレーをちまちま吹きかけていくなんて、そんな不粋な真似をするとでも?
分かってないな、綾部」
分からなくて結構だ。分かってたまるかとも思う。全く金持ちの考えることといったら。結露しないようなガラスを選べばいいものを、矜持と美学を守って寒さを痩せ我慢するだなんて。……いや、この場合金持ちか否かは関係ないかもしれないけれど。
深壁は変人で通っているのに、わざわざ裕福さを考える、これはまるきり私の劣等感によるのだろう。
「――いいえ、深壁さまの好かれることではないでしょうね。野暮ですから」
「ああ、だから俺は今とてつもなく寒い」
金持ちだからでも変人だからでもなく、ただの馬鹿なのではないかと疑ってしまう。
「――で、俺は寒さをよく知っている。外もよく歩く。車の窓ってやつはあれ、網膜に開いた針の穴みたいなもんだ」
見たいものしか見えない、ということだろうか。
「あいつは知ってるのか? こんな寒い日、外へ出て息を吐くと、息が白く見えるのを」
そう言って、深壁はすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けた。

外に出ると、やはり寒かった。息を吸い込むと冷たい空気が喉を通して入り込み、胸を締め付けた。息を吐くとまるで当然のように白い靄になって大気に溶けた。私は暫くそれを眺めてから、鞄からマスクを取り出した。昼過ぎのこの辺りは行き交う人に溢れ返っている。人混みを歩くには風邪を予防しなければいけない。風邪を引くことは自分の仕事にとって恐らく二番目くらいに致命的なことだ。ここ五年は私も録に白い息を吐いてはいない。幼少期は外を駆けずり回っていた覚えがあるけれど。
本当にご主人は外で息が白くなるのを見たことがないのだろうか? そんなことない、と思う。常識的に。けれど彼女が白い息を吐きるうる具体的な場面は思い浮かばない。彼女が外を移動するときは車だ。勿論田舎の成金のように宝石商やら何やらが家まで訪ねてきたりはしないので、買い物には自ら行く。けれどそれも大型店で、地下なんかにある駐車場から直接店に入るため、恐らく外の空気には触れない。
お屋敷に戻ったら訊いてみよう、――目を合わせてくれるかどうかも怪しいけれど。
我が主人は弱冠十一歳のお子様である。今日もなんやかんやと言って機嫌を損ねてしまった。契約主は彼女の両親だから彼女を主人と呼ぶものおかしいけれど、お嬢様と呼ぶと臍を曲げてしまうから仕方がなくそう呼んでいる。
街のそこかしこにきらびやかな電飾が輝いている。今日は十二月二十三日、明日はクリスマス・イヴ。赤いリボンがいたるところで見られる。それを眺めつつ、私はできる限りの急ぎ足でお屋敷に向かう。ただの使用人風情に車が来るはずもなく、タクシーなんか乗れば自腹なのは分かっているので、精一杯早歩きをする。お屋敷で働くようになって、生活は良くなった。十分な報酬を得ている。けれど、身に染みついた貧乏性は治らない。
その点ご主人は随分豊かに暮らしている。経済的にも、物質的にも、そして恐らく精神的にも。お小遣いがいくら、というのは私が子供の時には自慢の種になったけれど、彼女はお小遣いを貰っていない。ではどうしているのかというと、言えば何でも買ってもらえるのだ。両親の許す範囲で。例えばこの間は最新ゲーム機をねだって却下されていた。彼女の両親は金に糸目は付けず、娘が欲しいと言った物は全て買ってやる。但し悪影響を及ぼすものは閉め出して、ただ上品に優雅にお嬢様を育てる。
私は全くこの方式に賛成できないのだけれど、私が口を出すべき用件ではなく、また口を出せるものでもない。こんな過保護に育てられた彼女も十五歳になると徹底して金銭の自己管理が求めらてしまう。しきたりのようなものだ。毎月一定の額の生活費を渡され、どこに住むか、どう暮らすかまで全て自分で決めなくてはならないらしい。らしい、というのは、詳しくは知らないということを意味する。その時が来たら使用人も皆彼女が選ぶので、全くの他人になってしまうかもしれない私に四年後のことは詳細には知らされていない。
ひょんなことから彼女の両親に使用人として拾われたのが、今から七年前。そして「お嬢様」の教育係になったのが、彼女が小学校に上がるのと同じ、五年前。私は今ご主人の両親と契約している。書類上でも、実質的にも。そしてそれはあと一年と少しで終わる。それが実質的にご主人との契約になって続くか否かは、今の私の働きにかかっている。
私は出来るだけ上手くやっていきたいのだけれど、相手は我儘盛り、甘やかされて育ったことも相まって諍いが絶えない。勿論仕える身としてこちらから喧嘩を売ったり、ことを荒らげたりはしない。ただ嵐がすぎるのを待つのみだ。けれどそんな態度がご主人の目には『生意気』に映るらしい。
そういったことは一般的にどこでもよく起きるし理解はできる。けれど、私と彼女の間において見れば私は完全に飲み込めない。どこがどう気に触ってどう改善すればいいのか、わからない。けれどストレートにこの質問をぶつければ、彼女がこれ以上なく憤慨するのだろうことくらいは分かる。
だから私は何も言わない。
きっとそれが一番いいのだろう。何でも言う事を聞く予想通りの従順な下僕では彼女はつまらないだろうし。また、あの世間知らずのお嬢様にこれ以上飴をやっても仕方がないとも思う。きっとそうしてしまえば私は世界中からチョコを買い占めてくることになったり、独裁者スイッチを作らされたり、きっとそんな目に合ってしまう。
深壁といた都心のど真ん中から少し離れて、落ち着きのある街並みへと入ってきた。お屋敷まではあと少し。ここからはまるで自分の家のように、何も考えずとも足が動く。
さて――臍を曲げてしまったらしい彼女を一体どう始末すれば良いのやら。
こういう時、ただの単純な子供と違うお嬢様育ちは厄介だ。物で釣ることもできず、至れり尽くせりの甘やかしでも陥落しない。いや、そもそも、どうして彼女が怒っているかさえ、私にはまともにわかってはいないのだ。根本的な解決は見込めない。
お屋敷の前に立つガードマンに挨拶をして、中に入る。顔パスだ。まさかボディチェックなんてあるはずはない。そういう意味での重要人物はお屋敷にはいないし、仮に何か間違いが起こったとしても、その犯人が特定出来れば問題ないのだ。たとえ最悪の事態に陥っていたとしても。私の仕事内容にボディガードが入っていないことを幸いに思う。危険な目似合う前に逃げ出せるから。そんなことを考えながら、私はそのまま開けっ放しの勝手口から中入って、ご主人の部屋へ向かう。
ご主人は誰かと話しているようだった。扉を挟んでも声が聞こえる。話している、と言うよりは、我儘を言っている、命令している、といった口振りだ。相手の声は聞こえない。ドアの前で待っていてもいつまで終わらないか分かったものではないので、お構いなしにコンコンコンコンとノックする。いつもご主人がうるさいと言うので一回くらい減らしてもいいのだけれど、半分はいただけない。
それまで高圧的に響いていた声はぴたりと止んで、暫く沈黙が流れた。
「綾部でございます」
そう声をかけると、ぼそぼそと何か話し合うような声のした後に、
「綾部さん、お待たせしてすみません」
と奥様の秘書の永瀬(ながせ)が顔を出した。スーツを着ている。灰色のものだが、決して地味でなく気が利いている。彼女が自分で選んだものなら、きっとセンスがいいのだろう。
「ああ、永瀬さん。どうしてこちらへ?」
彼女は普段奥様の仕事場にいる。
「ええ、今日は奥様がお屋敷にいらっしゃるので」
そうだとしても、奥様の部屋からこの部屋までは少し遠い。また何かご主人の我儘だろうか。そうに違いない。
ここで初めてご主人に目を向ける。白い椅子に座った、小五女子の平均身長とぴったり同じ百四十センチ。本人は身長が低い低いと言って気にしている。髪の毛は真っ黒のロング。どうやら自由を手に入れた暁には茶色に染めてパーマをかけたいらしい。それからピアスも開けて、とやりたい放題やりたいようだ。
「何見てるのよ」
と我が主人はぎろりとこちらを睨む。振ればころころと音がしそうな彼女のまあるい目では、私はびくりともしない。それはまるっきり飼いならされて危機感のない室内犬の目で、外に出れば一瞬で死んでしまいそう。その点、私は野生育ちだ。
「いいえ、ご主人、ご機嫌はいかがですか?」
「……」
むくれた顔をして彼女はそっぽを向いた。その様子からして、それほど怒ってはないらしい。こういうことはよくある。ただ彼女は気まずさからこんな態度を取るのだろうと、私は思っている。
「ご主人」
「…………」
だんまりだ。どう声をかけようか一瞬考えると、永瀬がふ、と笑った。彼女は首を傾げて困った表情でご主人を見、私にアイコンタクトをする。
大変ですね? とか、いつもこうなのでしょう? とか、そんな意味の同情、労りを含んだ目。
ええそうです、と私も軽く微笑む。
「お嬢様、私はこれで失礼させていただきます。――綾部さんと、どうか円かに」
ふん、と言うご主人をよそに、永瀬はもう一度私の方を向いた。
「綾部さん、どうか私のことでお嬢様を怒らないであげてくださいね。私がここへ来たのは私の意志ですので」
永瀬はそう言って部屋を出た。
まず始めに仕事中の永瀬を呼び付けたことについて小言を言おうと思っていたのに、それを先に止められてしまえば何とも話し始められない。私はどうしようもなく、捨て鉢で行くしかないらしい。
「永瀬さんとは何のお話を?」
「言う必要ない。人のプライベートに口出して、最低だわ」
ははあ、プライベート。最近どこかで聞いてきたんだな、と思う。この年頃の子供の使う「新しい言葉」は、どうしてそうとすぐに知れてしまうのだろう。
「仰るとおりですね。申し訳ありませんでした」
私がそう言うと、ご主人は少し変な顔をした。変な顔というのは、驚き、悲しみ、煩悶、などを含んだような顔である。
「……ふん」
永瀬に何を頼んでいたのか、大方の予想は付いている。半信半疑だけれど。というのも、どうにも手がつかなくなってしまい深壁に相談したのだ。どうやらご主人が秘書の永瀬に何かをさせようとしているらしい、最近二人はよく話し込んでいるようだ、事細かにあったことを並べて。ご主人が何を企んでいるのか、それへの深壁の回答は予想外であり予想内だった。ありそうなことではあったが、もしその通りなら私が気が付かないのはおかしい。
「ご主人」
出来るだけ明るい声を出して言う。但し浮いて響いてしまわないように。
深壁が言うことを信じれば、ご主人は私に何か渡したいものがあるのだという。その機会を作ってやれよ、と深壁は言った。なかなか言い出しづらいのはあいつの性格を見ていれば分かるだろ、と。
私にはどうすればいいのかよくわからない。けれどどうにかしてやらないといけないらしい。私の未来のために。お嬢様を満足させるために。
「今日の予定ですが」
「何もないでしょ?」
「はい。そこで僭越ながらお願いがございまして」
ご主人はきょとんとした。思うに「せんえつながら」に引っかかって抜け出せないのだろう。
「私と一緒に、外へ出ませんか」
「ええ? 嫌、面倒くさい」
一蹴されてしまった。深壁さま、本当にあなたの言ったことは合っているのでしょうか。
「まあそう言わずに。ええと、見せたいものがあるのです」
「見せたいなら持ってきてよ」
「動かせないものなので。……いい機会ですから。どうせここにいても退屈でしょう」
「それはそうだけど……」
「では、私は奥様に許可を頂いてまいりますね」
ご主人がどこかへ行きたい時は、直接でも人伝いでもそれを奥様に伝えて、許可を取らなければならない。と大仰に言っても、お嬢様はまだ十一で、また都会は何かと物騒なことが多く、珍しいことではないのだろう。長い廊下を渡って渡って、奥様の部屋へ行く。ノックをして、
「お仕事中失礼いたします。綾部でございます、――」
そうだ、何と言おう。使用人がお嬢様を外へ連れ出すなんて、考えられないことだ。
「ええどうぞ。入って」
そう奥様の声がして、私はピンポンダッシュ犯のように逃げるわけにもいかず、どうしようもなく扉を開く。二十畳くらいの部屋の中には、奥様と永瀬がいた。
「何のご用? 綾部」
「ええ、はい、お嬢様が……その」
外に行きたがっているのだ、と言えばいいのだけれど、彼女は乗り気ではないし嘘を吐けば後々困るのは私だ。けれど仕方がない。
「外へ行きたいようで」
私は奥様の隣にいる永瀬に目を合わせながら言う。
「あら、どこへ?」
「……いつもの百貨店へ」
無難なところだろう、恐らく。それほど遠くはなくよく行くところで、そして屋上もある。
「そう、帰るのは何時くらいになる?」
「それほどかからないかと存じます。今から――遅くとも二時間後には戻れるかと」
「いいわよ、いってらっしゃい。――永瀬、車を出させて」
「かしこまりました」
「あの子、一体何を買うのかしら」
奥様はいつもと変わらず掴みどころのない笑みをたたえたまま仰る。さて、何を買うのかなんて私も知ったことではない。
「それは……ええと」
「奥様、そんなに綾部さんをいじめては可哀相ですよ」
答えに詰まったところに、思わぬ援軍が来た。永瀬は部屋に付いている内線電話の受話器を置きつつ、にこりと奥様に微笑みかけた。
「あらやだ、いじめるなんて」
ふふ、と上品に笑う奥様の真意ははかれない。何か含んだようなところがあり、それでいて少女のように無垢な輝きを持っている。奥様はずっと昔からそういう人だった。
永瀬は私を振り返り、
「お車の準備はできました。いつでも出かけられます」
と目を合わせて微笑んだ。どうやら私の拙いアイコンタクトは通じてくれたらしい。
「ありがとうございます。すぐに参ります。お仕事中失礼いたしました」
「綾部さん、行ってらっしゃいませ。お嬢様にもどうぞよろしく」
「行ってらっしゃい、くれぐれも我儘お嬢さんに唆されないようにね」
分かっているのならちゃんと躾けていただきたいものだ。
身の程知らずな事を言う前に奥様の部屋を出て、ご主人の部屋へ向かう。何か準備するものはあっただろうか、と考えてみると、大切なものを忘れていた。ご主人の部屋の近くにある廊下の端の物置へ行って、自分に与えられているスペースをまさぐる。高校時代に着ていた紺色のコート。安物だけれど厚くて暖かいし、これで十分だろう。
「ご主人」
コンコンコンコンとノックする。
「準備はできましたか? 入ってもよろしいでしょうか」
「うっさい、今着替えてる。先行ってて」
「はい、では玄関でお待ちしておりますね」
「待ってなくていい。車乗ってて」
何だろう、この違和感は。
そう考えながらも「かしこまりました」と機嫌の良い声を出して返事をし、階段を下りていく。普段の彼女ならば鞄を持つのからドアを開けるのまでも、私にやらせるのに。――と考えて、あ、と気づく。これはさすがに鈍いな、と自分でも思ってしまった。ご主人が拗るのも当然だ。それと深壁が呆れたように笑うのも。
彼女は私のプレゼントを用意しているのだろう。

「あれ、綾部さんだけなんですかぁ?」
地下にある駐車場で待機していた車を覗き込むと、間抜けな声を出して運転手の向坂が言った。
「まさか本当にそうだとでもお思いですか? お嬢様は後から来られるようです」
「はは、相変わらずきついなぁ」
まだ学生気分の抜けないような間延びした彼の声を聞いて、私は少し嫌な気持ちになる。全くどうしてこんな使えなさそうな新卒男を選んだのだか。理由は分かっている。改正があってから、運転手が努まる人間なんてそうそう見つからなくなってしまった。
「でも、珍しいですね。お嬢様が後から一人で来るなんて」
「ええ、お嬢様は箸より重いものを持ったことがないのに、ドアが開けられると思いません」
「待っててあげればよかったのに。
ってあれ、そうじゃなくて、いつもご主人、って呼んでないですか? お嬢様って言うの初めて聞きました」
「ええ、まあ。あれはお嬢様のお戯れです。きっと数年後思い出して恥ずかしくなる類の」
ご主人が来たら車のドアを開けなければいけないので、私は立ったまま、運転席に座る向坂と話す。相変わらず彼の砕けた話し方は直っていない。初めてお屋敷に来たときはそれはもう耳を覆うものだったけれど。
「ああ、ありますね、それ。俺も中学の時のことなんて思い出したくないしなあ」
「そうですか。でも、人って成長するものですから。向坂さんだって随分敬語がお上手になりましたね」
「皮肉ですよねそれ。それくらいわかります」
他の使用人達から聞けば彼は私を尊敬しているらしい。教養がどうの、と言って。それはただ単純に彼が一般に劣っているだけのようでもあるし、また私が大学行っていない割りに、ということかもしらない。
私はこうやってすぐ劣等感を抱きだす。
「皮肉かどうかはご想像にお任せしますが、上達は事実です」
「それはどうも。
……お嬢様、遅いですね」
「ええ。準備があるのでしょう」
これをどうとったのか、向坂は、
「まだ小さいのに、すっかり女の子なんだなあ」
彼は忘れてしまったのだろうか、あの年頃では大人びているのは女の方だったこと、そのとばっちりを受けるのはいつも男の方だったこと。それが彼自身に起こったというのは私の推測でしかないけれど。
「その口ぶりだと、向坂さんは女性に待たされたことがおありで?」
言ってから、しまった、と思う。プライベートに踏み込んだ下品な質問。真面目に答えられても、不快な表情をされても、いたたまれない。
「ええそりゃあ、星の数ほど。でもね、本当に罪な男は待たされるのを喜ぶものですよ」
さらっとかわされて、ほっと息をついた。彼が子供っぽいものだから私はこれまで生意気な口を聞いてきたけれど、実は子供なのは私の方だったらしい。

「ご主人、問題です」
向坂の運転する車に乗って、私達は比較的近くの百貨店へ向かっている。大きな鞄を持って、そわそわと落ち着かない様子のご主人に私は声をかけた。
「こんな寒い日、外で息を吐くとどうなるでしょう?」
「え? うーん、……春になる」
てっきり「白くなる」と正解を答えるものだと思ったけれど、何やら妙な回答を示してきた。
「それは『雪が溶けると何になる?』でしょう」
「あ、そっか。……ん、息?」
「ええ」
「うーん…………何だろ」
なぞなぞの類だと勘違いしているようだけれど、面白いので放っておく。
ミラーを見ると、向坂は穏やかな表情で運転していた。運転手はこちらの話には入ってこないのが不文律だから、ご主人は恐らく向坂が話すところを録に見たことがない。そのためご主人は向坂を真面目な男だと思っているようだ。
「あっ、見て、イルミネーションが綺麗」
ご主人は目を輝かせて窓の外を眺めていた。どうやらなぞなぞには飽きてしまったらしい。
「そうですね。クリスマスも近いですし」
「明日ね」
「明日はクリスマス・イヴですよ。クリスマスは明後日、更にその次の日がボクシング・デーです」
「ボクシング? 何それ、綾部はボクシングが好きなの」
「いいえ、そのボクシングとは違います。調べてみてください。……きっと私達には関係がないのでしょうけれど」
そんな話をしているうちに、百貨店の地下駐車場へ着いた。ご主人は車から降りて、
「で、どこ行くのよ?」
「屋上へ」
「屋上? ……そういえば行ったことない」
「でしょう? 行ってみましょう」
「ちょっと、まさかそれだけのために……」
「まあまあ」
なんとかご主人を宥めすかし、屋上に続くエレベーターへ案内する。車を振り返ると、向坂が立ってお辞儀をしていた。「行ってらっしゃいませ」という定型句は、やっぱり滑稽に思えたけれど。

「えっ、何、ここ外じゃないの」
「ええ、お寒いでしょうからコートをお持ちしました」
「コートなら着てるからいい。わざわざ外なんか何しに出るのよ」
ご主人が着ているのは薄手のコート、あくまでもファッション的なものだ。彼女は外の寒さを知らないからそんなことを言えるのだろう。
「外は本当に寒いですよ。お風邪を召されたら大変ですから」
「それなら行きたくない、………ってえっ、ちょっと」
コートを着せ、強引にご主人の手を引いて屋上へ出る。酷い寒さで外に出ている人は一人も見当たらなかった。
「ええ!? 何これ、寒っ!」
ご主人は寒さに驚いていて、ちょっと面白い。
「何なら私が着ているものもお貸ししましょうか」
「いいわよ、で、何なの?」
「――『こんな寒い日、外へ出て息を吐くとどうなるでしょう』? 知っていますか」
「はあ? 何、それが言いたくてこんな――」
「ご主人、息を吐いてみてください」
渋々、といった様子でご主人は息を吐いた。その息は、白く淡く空気に触れ、緩やかに溶けていった。
「……あ」
「ご存知でしたか? ご存知でしたでしょう。ご主人は読書家でいらっしゃいますものね」
「確かに読んだことはあるけど……こういうことだったのね」
そう言って彼女は暫くはーはーと息を吐いていた。その様子は歳相応の子供らしく、無邪気で可愛いものだった。
「でも、綾部、何でいきなり?」
「今日深壁さまのところへ伺いまして」
深壁さま、と言った瞬間、ご主人は嫌な顔をした。彼女曰く、犬猿の仲らしい。深壁とは相当歳が離れているだろうに、深壁も面白がってご主人をからかっている。
「もういい。深壁の話は」
「……はい。分かりました」
その子供っぽい態度に思わず笑ってしまう。
「笑うなっての」
さて、どうしたらいいのだろう。ご主人が抱えている大きな鞄の中に入っている何かを、どうやって出させればいいのだろうか。――実は私の誕生日は今日なのですが、普段実直に仕えている私へのご褒美に、何かございませんか? いたずらっぽく言ってみるのさえ私には難しい。絶対に失敗できないから、どうにも進めない。
「……綾部、あのさ」
「ええ、何でしょう?」
「今日はクリスマス・イヴ……のイヴ」
「イヴは夜という意味ですけれどね。まだ夕方にもなっていません」
「揚げ足取らないで。……今日、十二月二十三日、何の日か知ってる?」
俯いたまま上目遣いに私を見るご主人。私はうまいやり方を知らない。
「さあ、何の日でしょう。教えてくださいますか?」
こういういじわるは、どういうわけかすらすらと口をついて出る。根っから子供っぽいのだ、わかってはいるけれど。
「……相変わらず、嫌な奴ね」
「ありがとうございます」
「褒めてない。でも、まあ、仕方がないし、教えてあげる。無知な綾部、今日は貴女の誕生日よ」
そう言って、ご主人は鞄の中からプレゼントらしい袋を出して、私に差し出した。
「……」
「何か言ったら」
「ええと、頂いてもよろしいのですか」
「そう言われるとあげたいものもあげたくなくなる」
目を逸らして、ご主人は言う。そして、だから早く受け取れ、と言うかのように私に袋を押し付けてきた。
「失礼いたしました。ありがたく受け取らせていただきます」
手に持ったそれは案外軽かった。何が入っているのだろう。ピンクの包装紙に手をかけようとすると、私より背の低いご主人はぴょんと跳ねて、
「今は開けちゃ駄目!」
「え?」
「家に帰って、一人になってから」
恥ずかしがっているのだろうか。我儘ばかりで嫌になりもするけれど、可愛いところもあるなと思う。
「はい。誕生日プレゼントなんて、随分久しぶりです――嬉しいです」
「いつもはもらえないの? 私は今まで綾部の誕生日を知らなかったけど」
「ええ、ご主人にはわからないかもしれませんが、十二月生まれの子供は何かと不運なことが多いのですよ。パーティーやプレゼント、ケーキなんかはクリスマスにまとめられてしまったり」
「ええ? 何それ、信じられない」
「でしょうね」
ご主人の生活は私とは違う。違い過ぎるということも、実は私が普段思っているほどないけれど。
「ねえ、寒いからもう帰りたい。
……綾部?」
「はい。何でしょう?」
「綾部はいつも私に誕生日プレゼント、くれたよね。その時は普通に貰てたけど、何でくれたの? 私は綾部の誕生日も知らなかったのに」
今までそのことを疑問には思わなかったのだな、と思って私は妙な気分になった。
「自分が貰えなければ、人にあげてはいけないものでしょうか?」
「……そうじゃないけど」
「でしょう? それに、ご主人はそういうことが多いのではないですか、人からものを頂いたり」
「そうだけど、お礼状書いたりするし。でも、綾部には何もしてこなかった気がする」
「たくさんのものを頂いてきましたよ」
「お世辞。
……綾部の考えていることってよくわからない。全然私の言うことが伝わらないときもあるし、大人げなく何か言い返してくるときもあるし、かと思ったら私の思い通りになったり」
私としてはいつでもご主人の思い通りになって欲しい。――深壁は反対に、常に軽口を叩き合うような仲になれと言っていたけれど。
「綾部、ねえ、何を考えて仕事してる?」
「ええ、そうですね……」
頭の隅から隅までひっくり返し、何かぴったりくる文句を考える。さっき向坂が言ったような、そんな取るに足らない返答を。
けれど、それでいいのだろうか。と、ふとそんなことを考えてしまう。当たり障りのない本心を隠したままの回答を、彼女は求めているのだろうか。――或いは、彼女はそれしか知らないかもしれない。長いものには巻かれるように、彼女の友達も我儘な彼女に反論できていないかもしれない。何しろ私はご主人に仕えて五年間、彼女が友達と喧嘩をしたのを知らない。相手を泣かせて自分も泣くような、そんな本心だけのぶつかり合いを、もしかしたらご主人は知らない。こんな寒い日、外へ出て息を吐くと白くなるのを知識として知っていても、実体験としては知らないように。
「……綾部?」
しばらく返事をしない私をご主人は不安げに見上げた。ほんのいつもの軽口のつもりだったのについ核心に触れてしまった――彼女はそう明確に思ってはいないだろうけれど、それに近い空気を感じ取ってはいるはずだ。我儘だけれども大人に囲まれて、本当は世渡り上手な子だから。
「……いえ、何でもございません。
私がご主人にお仕えするとき、私はただご主人に好かれたいと思っております」
ご主人を好いているから仕えている、とは言わなかった。
「嘘つき。綾部は私に冷たい。意地悪なこと言う」
じゃれてるんですけれどね。よくある若い女の、率直なアプローチのように。そんなみっともない真似までして、私はご主人に好かれたがっている。
「いいえ、嘘などではございません。私が冷たくとも、意地悪であったとしても、私はご主人には好かれたいと思っております。それは私の本心です。……私はあと四年しても、ご主人のお隣にお仕えしていたいのですよ」
「……どうしてよ?」
つんとした顔をして、興味深げに私を見上げているご主人に言う、
「さて、何故でしょう?
――残念ながらなぞなぞではございません。答えは現実的です。私は何の取り柄もないもので、お屋敷から追い出されてしまえば職を失い、そのまま生活できなくなってしまうでしょう」
ですから私は何としてでもご主人に気に入っていただいて、四年後もお仕えさせていただけるように努めているのです、と。
ご主人は「―は」と乾いた息を吐いて、
「最低」
「尤もだと思いますよ。自分でもどうかと思いますし。……けれど、どうでしょう? ご主人は今までこんな風に人の本心に触れたことはおありですか? 皆さんいい顔なさるでしょう。ひょっとしたら学校のご友人も」
ご主人は俯いて難しい顔をしていた。その顔は決して悲しいものでも、驚きのものでもなく、流石に心当たりがあったらしい。或いは、今までにそう感じたことがあったか、考えたことがあったか。
「……うん」
「ですから、こういうのもいいのではないでしょうか。こういった、利害関係のはっきりしているのも。単純でしょう? どの道その時までは一緒にいることになりますし、それまで――」
「わかった」
いつになく強い調子で、少し高い声でご主人には言った。
「私は四年後、何もかも自分で決めなくちゃいけなくなる。その時、綾部を選ぶか、それとも他の人を探すか――」
「一人で何でもするという選択肢もありますよ。深壁さまのように」
「うっさい。深壁のことはいいの。
で、綾部は自分を選んでもらえるように、頑張る。自分は役に立つって、面白いって、アピールする。私が綾部を好きになって、じゃあ来年からもお願いしますって言えるように。――こういうこと?」
「ええ、そうです。
やっぱりただ単純な好意から仕えられる方が良いのなら、忘れてくださって構いませんよ」
「何言ってんの。こんなこと聞いて、忘れられるわけないでしょ」
そうでしょうね。
「――まあ、いいや。でもね、わかってる? 綾部。
それを言ってしまったら私は嫌でも綾部のことを好きにならないように、って思っちゃう」
「ご主人はひねくれ者ですからね。存じております」
私としては、臍曲がりの自覚があるというのが驚きだ。
「ひねくれ者って何よ。
……ふ、綾部は大変ね。これから」
「ええ、そのようです。
随分冷えてきましたから、もう帰りましょう」
「うん」
プレゼントの袋をそっと手にして屋上を出る。室内は暖かかく、息は見えない。
「……本当に、ありがとうございます。開けるのが今から楽しみです。
――あ、言い忘れていましたけれど」
「うん?」
「このプレゼントを用意するの、永瀬さんに手伝っていただいたでしょう」
「そうだけど、何? 永瀬も喜んで一緒に考えてくれたわ」
再びご主人はむっとしたようにそう言った。小言を言われると思ったのだろう。
「いいえ、それは問題ではございません。……ただ、私以外の者に何か命じるのは、これから止めていただけませんか? いえ、今回の場合は私に言うわけにもいかないというのは、よく存じております。けれど――」
深壁の言葉を思い出す。
「私の気持ちとして、好かないので」
私がそう言うと、ご主人は「考えておく」と、小さな頭を俯かせて呟いた。

初恋殺人

 髪は女の命だなんて言うけれど。きっと彼女のそれは、命以上に重い。

 艶々と光る漆黒の髪は、夏休み明けに合ったときには肩を通り越していた。
「……久しぶり」
「あ、うん」
 間抜けな返事を一つして、横に並んだ彼女の髪をしげしげと見つめる。それにしてもよく伸びたものだ。ほんのついこの間、髪を伸ばすと言い始めたというのに。
「あっ、ねえねえ絵美ちゃん」
「……何?」
 きらきらと目を輝かせて言う彼女を見て、嫌な予感がした。というか、何を言おうとしているかすぐに分かった。彼女は見た目の割には子供っぽく、そして何でも顔に出る。
「……髪、伸びた、かな」
 そんなの言うまでもないじゃないか。この会わなかった一ヶ月と少しの間で、肩につかなかった髪はあっという間に肩を越している。大した量ではないけれど、雰囲気はがらりと変わった。まるで私の知らない人みたいに。
「伸びたんじゃない」
「……そっか」
 目を伏せて微笑む彼女の柔らかな輪郭。一瞬のうちに、その伸びた髪がかかって見えなくなる。
「良かった」
「え?」
「……ちゃんと髪伸びてて。だって――」
 切らなかったらそりゃ伸びるでしょう。
 そう遮ろうとして、やめた。何故かとても情けない気分になった。
「してみてわかったけど、髪伸ばすのって大変なんだね。すぐに毛先が痛んじゃう。
絵美ちゃんも髪長いからわかるでしょ?」
「別に、気にしてない」
えー、でもー、と続ける彼女の声を、今度こそ遮る。
「それより、髪が伸びたんだから、これでできるね」
「え?」
「好きなんでしょ、彼。長い髪」
 だから髪を伸ばして、告白するつもりなんでしょ、と。
 ただ切るのが面倒で伸ばしっぱなしにしている私とは全く違って、彼女は好きな男のために髪を伸ばしている。しかし彼女は髪を恋愛の道具にしている訳ではない。自分自身、いやそれ以上に、或いはその彼を思うように、髪を慈しんでいる。命より重く、まるでその髪が自分の恋愛の象徴であるかのように。
「えっ何で知って…………あ」
「ん?」
「え、あ、……何でもない」
 初恋が故なのだろうか、どうやら彼女はそのことを隠していたらしい。私には筒抜けだったのだけれど。顔にすぐ出るのに、何かを隠そうとするのが間違っている。
 もー、と照れくさそうに自分の髪を撫でる彼女。漆黒の髪はさらさらと白い掌を泳いで、捕らえることができない。
 照れて真っ赤になっているであろうその顔は、今は髪に覆われ、表情の断片すら窺い知ることができない。私は彼女のこんな髪、大嫌いだ。
「髪、大事?」
「あ、当たり前よ!」
「ふーん、よく伸ばしたもんね」
 命より重く、まるでその髪が自分の恋愛の象徴であるかのように。
「……ねえ、今日うちに来ない? 泊まっていいよ」
「え、いいの恵美ちゃん?」
「うん。来て来て」
「わあ、久しぶりだー」
 きゃあきゃあと子供のようにはしゃぐ彼女は、明日の朝一体どんな表情を見せてくれるだろう。
「じゃあ学校終わったらそのまま行っていい?」
「うん。服も貸してあげるよ。
……あ、そうだ。ねえ、帰りに駅前の文房具屋、寄っていい?」
「いいよ、何か買うの?」
「…………内緒」
 悪戯っぽく笑ってみせると、彼女はむくれた顔で迫ってくる。なーんでー、と髪を揺らして。
「さあね。あ、遅刻するよ」
 彼女を追いて走り出す。
 そうだ、一体どれくらいするのだろう。今持っているお金で足りるだろうか。やっぱり色は銀だろう。それ以外考えられない。きっと彼女の漆黒に、鋭い銀色はよく栄える。安っぽいプラスチックのなんか、絶対に駄目だ。
「絵美ちゃーん、待ってよー」
 追いかけてくる彼女を尻目に、私は足に、全力をかけて。
 早く学校なんて終わってしまえばいいのに。そうして早く放課後が来ればいいのに。
 そして放課後のことを思い浮かべる。ざくっと音がするだろうか。辺りにぱらぱらと散らばるだろうか。彼女は泣くだろうか。怒るだろうか。諦めて、くれるだろうか。抵抗されないためには、寝ている間がいいだろうか。
 どきどきと胸が高まった。まるで目の前で起こっているかのように描ける――言うなれば、私の初めての、殺人現場。