朝起きるとフランス軍外人部隊になっていた。できることなら、巫女になりたかった

朝起きるとフランス軍外人部隊になっていた。できることなら、巫女になりたかった。
日本人なのに。私のこの茶色いくるくるとした髪がフランス人的イメージを想起させてしまったのたろうか。けれども私は何から何まで生粋の日本人だ。
私の職業は私の寝ている間に審議され、提案され、そしてなぜかフランス軍外人部隊に落ち着いてしまったらしい。そこに常識人は誰一人としていなかったのだろうか。
と隣のベッドで寝ていた(ここで一応言っておくと同じベッドの隣に寝ていたわけではない)見知らぬ黒髪の女にこぼすと、彼女はにこにことして「いいじゃないですか。格好いいですよ」と言う。全く適当なことを。他人事だからそんなことが言えるのだ。これから毎日むさ苦しい男に囲まれてフランスの平和を守ったり、あるいはイギリス紳士と戦ったりしなければならない私の身にもなってみなさい。
「大変そうですけど、やりがいがありそうじゃあありませんか」
まあ、確かに、そうかもしれない。けれども神秘の国日本的イメージを司る巫女は私の中ではもう譲れない。もとよりそれほどの執着があるわけではなかったけれども、ここまできたら引き下がれない。
「ところで、あなたのご職業は?」
「ええと、恥ずかしいのですが」
フランス軍外人部隊の私より恥ずかしい職業なんてそうそう見つからないように思われる。そもそも一体全体何なんだ、外人部隊って。
「巫女なんです」
あら、あの神秘の国日本を代表するかのような妖しげなイメージ、巫女。成る程、色白でさらさら黒髪ロングストレートのあなたにはぴったりじゃあないですか。まさに巫女。それらしい感じが出てますよ。納得の結果ですね。
「巫女服って言うんでしょうか、あれを着るのは……少し恥ずかしいです。気が引けます」
何カマトトぶってんですか。そういう奥ゆかしさが私には足りなかったのでしょうか、審議官のお方々。
巫女にそれほどの執着を持っていなかった私は、今や巫女になりたくてなりたくて仕方がない。隣のベッドに手を伸ばし、体重を移していく。
「えっ? きゃ、何ですか!?」
何、取って食おうってわけではありません。巫女にはなれないようにするだけです。
私は一度フランス軍外人部隊という肩書きに甘んじ、なんだか格好よろしい決め台詞を吐いたあと、巫女の内定をとった幸運なお姉さんに手をかける。
民間人に手を出してしまったフランス軍外人部隊の新人は、上司に挨拶をする暇もないままに強制送還。その職からべりっと剥がされ、もう一度審議会のお世話になるらしい。私の思惑通り。
世界がブラックアウトしていく中で、私は隣のベッドに寝ている女のちかちか光る星が飛んだ目に願い事を三回。
――巫女になれますように、巫女になれますように、巫女になれますように。

朝起きると私はチェコ人ギタリストコーディネーターになっていた。巫女にはなれなかった。隣のベッドを見るとそこには誰もいなかったが、すぐ横には巫女らしさが今にも爆発してしまいそうなほど溢れ出ている黒髪の女が眠っていた。
「あの」
声をかけると女はうっすらと目を開いた。眠そうだ。
「……何ですか?」
「つかぬことを伺いますが、あなたのご職業は」
女は目をぱちくりとさせ、そして恥ずかしそうに、
「巫女です」
ああ、やっぱり。
私も髪を伸ばしてストレートパーマをかけて黒く染めて毎日お肌のために十時に寝れば審議官は納得してくれるのだろうか? この女の巫女力には勝てやしないのか。
はあ、と溜め息を吐く。よくわからないけれども、たとえ何億分かの一の確率でも、何億回か繰り返せば一回くらい私が巫女になるチャンスがやってくるかもしれない。だから、やるしかない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
恥じらいなど今この場では必要ありませんよ。少しの間の辛抱です。その間にあなたを巫女から降任させてあげましょう。そして審議のやり直しの末、私が巫女になりましょう。
「待ってくださいってば! 私からも質問です。あなたのご職業は?」
「私は――」
チェコ人ギタリストコーディネーター。って何それ、想像もつかないし、私はチェコ人ではないし。
「チェコ人ギタリストコーディネーターが一般人に手を出せば刑務所に行くだけですよ」
あ、それは盲点。じゃなくって。それはつまり私は巫女にはなれないということか。一生チェコ人ギタリストコーディネーターとして生きていくということか。それならフランス軍外人部隊の方が数倍良かった。
チェコ人ギタリストコーディネーターって、それはちょっとした無職ではないですか。
「私の職業は巫女です」
「それはもう聞きました! 何!? あてつけ!?」
「事実です」
「まだ内定でしょう! いいわ、たとえ私が刑務所へ行くことになっても巫女という職から引き剥がしてやる」
「逆恨みはやめてください。……あと、私の職業はもうひとつあって」
はいはいはいはい何ですか、恵まれたお嬢さん。日本の健康なイメージ、海女? それとも日本の厳粛なイメージ、尼。尼ならちょっとばかしざまあみろって感じだけれども。
「あなたの恋人です」
え、何ですか。申し訳ないけど今私あなたのお話を聞いていなかったようで、もう一度言ってもらえますでしょうか。
「私は巫女兼、巫女になりたいけどなれなかったチェコ人ギタリストコーディネーターであるあなたの恋人」
巫女になりたいけどなれなかった、とか言うな。
頭が滅茶苦茶になってきて、よく働かないので、私は寝ます。
「わかりました」
って、どうしてあなたも一緒に寝ようとしてるんですか。
「私の職業はあなたの恋人です」
私の職業はあなたの恋人ではないんですが。
もう巫女なんてわりかしどうでもよくなってきた。悪い夢だと信じて今は眠ろう。隣に横たわる女を見ながら眠ると、朝起きると私は隣の女の恋人になっていた、そんな夢を見た。