スッカリ心が緩んだ私は、何気なく台の花に目を遣り、
「……この花は、今時分ここらでよく見かける花でして。雑草と言ってしまえばそれまでなのですが、ワタシこの花好きなのです。それで、あなたによく似合うでしょうと、あなたはどう思われるのでしょうと、ソンなことが少しばかり頭を過ぎったので御座います。この小さく紫色の花を見る度、Nを――Nを思い出す、もので」
Nの名前が出てきたのは自分でも意外でした。私は確かにその花を日頃から好いてはおりましたが、Nとの関係など何一つ御座いまんでした。そう思っておりました。
「Nというのはエエト……学友と申しましょうか。親しくお付き合いをさせていただいております。彼女がドウ思っているかは存じませんけれども……。
Nは髪の短く切りそろえられた、明るく元気な少女で御座います。彼女は学校から私の家を通った、更にその遠くに住んでいるらしく、ここらで見かけたことは御座いません。ですからこの花を彼女に見せる機会もなかったので御座います。
彼女と出会った日のことは忘れもいたしません。友人の友人、それまで私達はそのような在り来りで面白味のない関係で御座いました。特別会う機会も話す機会もなく、その上ワタシ達あまり他人に興味のある方では御座いませんでしたので、本当に何の関わりをも持たなかったので御座います。学級も異なっておりました。――けれど、けれどどうしてだか、私は初めて彼女に会った日に、既に彼女の顔に覚えがあったのです。その上彼女も私のことを知っているようで御座いました。
五月、偶然同じ方面へ出向くことが御座いまして、その時初めて私はNと顔を合わせたので御座います。彼女にとっても初めての私との対面で御座いましょう、私達は簡単に自己紹介をして、そうして私はNの名前を知りました。それは矢張り初めて聞く名前でありました。
私は平生人見知りをして、あまり話が得意な方ではないのですけれども、これまたどうしてだか彼女とは気を張らずよく話すことができました。初めは共通の友人について、しかしその話題もすぐに移り変わり、お互い自身を対象に、好みや過ごし方、ものの考え方、そんなことを話したので御座います。私はその端々で、親しい間柄でのみ許されるような軽口をつい漏らしてしまい、大変それを恥じ入ったもので御座いますが、Nは一向気にする様子では御座いませんでした。ええ、不快を隠さず顔に広げるような人間は限られておりましょう。それはよく分かっておりますし、Nはその面において真っ当な人間で御座います。ですから勿論、彼女が気にしなかったようだ、というのは核心では御座いません。エエ、驚くべきことは、私が出会ったばかりの相手にそのような軽楽な真似をしてしまう程、彼女は私に昵懇な印象を与えたということで御座います。私が、彼女と元より親しかったかのような錯覚を覚えたということで御座います。
……彼女が人懐こい部類の人間だったからで御座いましょうか、他愛もない、本当に取るに足りないことを何十分、何時間と語らいました。いえ、私がそう感じただけで実際はホンの少しの間だったのでしょうけれど、私の気持ちの上ではそれは随分と長い時間で御座いました。時を忘れるほど、目の前の彼女にのめり込んでいったので御座います。
一頻り話した後、Nと別れ一人になって、私は笑いが止まりませんでした。往来だというのに、にやにやと卑しくも笑い、またからからと快活に、笑ってしまいました。顔が綻び、自然と笑いが漏れてきたので御座います。その時私は彼女と友情を結びたいと思ったのです。私が普段好まない、厄介極まりない友情という名の鎖で、シッカリ雁字搦めになりたいと、そう思ったのです」
気付けば私の顔は上がり、真っ直ぐに神のお顔の、その瞳を見つめておりました。その時の私には、初めに感じたような恥ずかしさや決まり悪さなどは毛頭御座いませんでした。心が解きほぐされていくといった心地もなく、ただそこには私と神のみ存在しているようにさえ思われました。
「ソウなのでございます、ソウなのでございます。私はそう思って、端から見れば可笑しく、振る舞ってきました。けれど私とて、ジブンが何をしているか、サッパリわかってなどいなかったので御座います。体の悪さ、外聞などを気に掛けるような暇(いとま)もなく、ただただ水の底で藻掻いていたのに過ぎなかったのです」

| 三 |

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