朝、学校の教室の扉を引くと、向かいのガラス窓の前に三四人ほどの少女が一列になって話し込んでおりました。皆一様に真っ黒の髪に真っ黒の制服を着ており、見慣れた光景だというのにも関わらず私は一瞬、ぎくりといたしました。扉を開けたぎり中に入ってこない私にその中の一人が気がついて、こちらを向きました。その目を見て、私はどうしようもない虚無感に襲われます。こちらに目を向けたのはNで御座いました。口元にはいつもの笑顔を湛えてはおりますが、目はその通りでは御座いません。いいえ、平生の人当たりの良さを滲ませた目であったかとも知れませんが、私には何か違った色を含んでいるように思われました。何か相応しくないことを思いつく前に、私の無意識が体を教室の中へ押しやりましたので、私はしずしずと彼女たちの方へ向かいました。
「皆さん、お早う御座います」
「お早う。――ねえ、訊いてみてくださらない?」
少女たちの一人がその隣りに声をかけました。少し照れと好奇心を含んだ、鮮やかな夏の光のような、何も考えていない、感覚が全ての、無邪気な顔。それを見て私はNの親友になりたいという願望を思い出し、そんなことを考えている内にはなれたとしても本物ではないと、目の前の少女のようにただ幼気であったならどれだけ自然にNと付き合えただろうと、ソンなことを考えてしまいます。私がコンなように純真無垢ならどれほどにか良かったことで御座いましょう。
「一体ナンのこと?」
そう言いつつちらとNの方を見ると、見間違いで御座いましょうか、彼女の口元はいつものように上がってはおりませんでした。違和感を覚えした瞬きのには、もういつもの笑みが御座いました。
先程促された少女が、面白そうに、
「それがね、この人ったら昨日――」
「あア、やめてよ。それはいいんだから、さっきの話よ」
「エエ? だから、あなたが昨日……」
「言わないでって言っているじゃない」
何やら言う言わないと問答が始まってしまいました。
「なアに、意地悪ね。私には教えてくれないの」
ソウ哀れっぽく言って、私はわざとらしくNに視線を向けました。こうしたって本当の友人になれやしないことは、十二分に分かっております。……けれど純粋かどうか、それがどれほど重要なことなので御座いましょう。見かけだけでも取り繕えれば、それで十分ではないか――こういう考えはしばしば私に起こりました。
Nは私の視線に気がついて、
「彼女は昨日、隣の男子校の学生に告白されたらしい」
「ちょっと……」
少女のはにかみの笑顔は忽ち焦りと微かな怒りに色を変えて、Nの方を不満げに見ました。
「ドウして言ってしまうのよ」
「今のは独り言」
いつもの笑顔のまますまして言うNは、私に目配せをして、また微かに笑いました。その瞬間、えも言われぬ衝撃が私を襲ったので御座います。それはNから発され、地面を通り、私の足から入って体中を駆け巡りました。芯から体を揺さぶってくるような、私をそのままにはさせず、何かを変えようと行動させるような、ソンな衝動で御座います。私はNといる時には度々この感覚に襲われるので御座いました。
「もう、またソンなことを言って」
「えエ、でも、仕方がないことよ。だって、いつもそうではないかしら?」
「ねエ、本当に」
少女たちが口々に言いましたので、私は、
「ソウって?」
「決まっているでしょう」
「ねエ、鈍いふりをしても無駄よ」
「あなたが困っていたから、助けてくれたんでしょう。ねエ?」
一人がそう言ってNを振り返ると、
「そんな大仰なことじゃないわ。当然のことをしたまで」
Nは少女のその言葉を待ち答えていたかのように、すらすらと台本を読み上げるように、淡々と言いました。いつもの笑顔のまま。
「ねエ! 素晴らしい友情」
「憧れだわ」
「どうしたらお二人のように?」
私は謙遜の言葉を発し、目を伏せます。きっと笑えていやしないことでしょう。無理に浮かべた笑みが肌に馴染まずにぎこちなくのっている気がいたします。
「ヤッパリあなた達どこを見ても一番の仲だわ」
コンな時、私はたまらなく、小さくなって、そして純粋でなくてもいいなどという現状に甘んずる考えを持ったことを後悔し、ナンとしてでも私とNの間にあるのは本物の友情でなければならないと思うので御座います。

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