学校をお休みした後の久しぶりの登校、この際には、存外不思議なほど緊張するもので御座います。たった一日ぶりと言ってしまえばそれまでのことでございますが、私の心はとくとくと速い鼓動を送っておりました。えエ、級友たちの輪に入ってしまえばそんな張りつめた心はすぐに解けてしまうに違い御座いません。学校を休むことはこれまでに幾度か御座いましたが、過剰な心配をよそに、私はすぐに教室の中へと解け出していきました。どの時も全くその通りで御座いました。けれどそれをわかっていながらも、私はやはり、じわりと手に汗をかいておりました。
「おはようございます」
がらりと教室の戸を引き、少しうわずった声でそう申しました。
「あら、おはよう」
「体調はもう大丈夫なのかしら」
「一昨日ぶりね」
級友達の挨拶に、私はホッと胸を撫で下ろしました。私は一昨日までの平生通りの生活の延長に、うまく滑り込むことができたので御座います。ひょっとすると私のいぬ間に何かが起こり、彼女達、私達の関係が変わってしまっているのではないか――その実、私の緊張の元はこういうことで御座いました。
「ええ、大丈夫よ……」
そして級友達と話し始め、私は強い違和感に襲われたのです。ソウ、彼女が、Nがいないので御座います。いつも朝早くから学校に来ているはずの彼女が、教室のどこを見渡してみてもいない様子なので御座います。私はNの所在を彼女達に訊ねようとし、私は少し躊躇いたしました。えエ、これは私に後ろめたいことがあるからに違い御座いません。――けれど、私は嘘を吐いて学校を休みこそいたしましたけれど、それがNに対してどれほどの不誠実になりましょう。なるはずがないので御座います。けれども私は何か耐え難い罪悪感のようなものに押し潰されそうになりました。逡巡を重ねた末、臆病にもおずおずと遠回りの質問を投げかけることにいたしました。
「あの……ソウ、昨日、他にもお休みしている方、いらした?」
「えエ? どうしてエ?」
「ワタシ昨日休んだものだから、補講を一緒に受けるかも知れないと思って」
「あア、そうね、でも昨日ご欠席だったのはあなただけだったわ」
我ながら苦しい受け答えと思いましたけれど、級友は別段気にするような様子でも御座いませんでしたので、私はまたも胸を撫で下ろしました。昨日は出席したとのことですが、やはり教室の中に彼女の影は御座いません。これは一体どういうことで御座いましょう。もうあとホンの数分もすれば先生がいらっしゃいます。ともするとNは来ない、学校に欠席する、こういうことで御座いましょうか。けれども、Nが学校をお休みしたことは今まで一度たりともなかったので御座います。少なくとも私がNのことを知るようになった五月からは。ですから私は、昨日の私の邪な行為が神の御心(みこころ)に触れたのではないか、とまたまたも不安にかられてしまいました。
放課後にはすぐ家へ帰り、神の前に自分の不安と罪悪感、後悔を並び立て、自分の心のうちの事ごとをスッカリ話してしまいましょう。私はそのことで胸がいっぱいになりました。また、そして、――あるいは、昨日のそれをNが感じ取ったのではないか、そして私から距離を置こうとしているのではないか――などという馬鹿げた妄想が頭をもたげて参りました。勿論、一昨日から私とNは顔を合わせてさえおりませんから、どうしたってソンなことが起こりえないことは十分わかっております。わかっておりながら、やはりこの妄想からは逃れられないので御座います。昨日のNの高笑いと同様に、私の中を快活に飛び回り、捕まえ締めつけることすら適いません。
私はこの心苦しさからナンとかして逃れられやしないものかと、級友達の気がつかないうちにぎゅうと目を閉じ、常日頃のように、神へ語りかけようとしました。私の真暗な心の中に浮かび上がるのは、あの清廉で気高い紫色の額縁、そこまではハッキリと、まるでここにあるかように見えるので御座います。けれど、その中の神のかんばせはくぐもって、よく拝見できません。先日先生のお宅でふいに浮かんだそのお顔付き――学校でも不断についてまわる、神のあの眼差しが、霞みぼやけてうまくとらえられやしないのです。コンなことは初めてのことで御座いまして、私は狼狽してしまい、あわや失神するかとさえ思えました。
ソンな時のことです。突然の級友のはしゃいだ声に驚かされ、ゆっくりと目を開いてみると――私の目の前には、Nがおりました。彼女は、少し汗をかいた顔を決まり悪そうにこちらへ向け、
「一昨日ぶりだね、気分はどう?」
と言いました。私は思いがけないことに頭を追いつかせることができませんでしたので、Nの質問には答えず、
「……アナタ、どうしてこんな時間に?」
とつい責め立てるように言ってしまいました。私はハッとして自分を恥じました。けれどもそこから言葉はもう浮かび上がらず、私は無様なことに押し黙ってしまったので御座います。このような不作法は、誰にするのも初めてのことで御座いました。
「ええ、ナンでもないのよ、近所の小母さまにつかまってしまってね」
そうNは言いました。私にはそれが、ぐずる子供を宥めるときの言い方に似ていると感ぜられ、面目がなく思いました。私がまだ言葉に詰まっていると、Nのすぐ後ろの戸を引いて先生がいらっしゃりましたので、慌てて私とNは着席いたしました。気がつけばつい先程まで近くにいた旧友達はもう素知らぬ顔をして座っておりました。その中の一人が先生の目を盗んでちらと私の方へ含み笑いを向けてきたので御座います。えエ、大した意味もないことで御座いましょう、けれども私には、それが私とNの間の友情を疑うものに思えてしまい、心が揺さぶられたので御座います。

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