初恋殺人

 髪は女の命だなんて言うけれど。きっと彼女のそれは、命以上に重い。

 艶々と光る漆黒の髪は、夏休み明けに合ったときには肩を通り越していた。
「……久しぶり」
「あ、うん」
 間抜けな返事を一つして、横に並んだ彼女の髪をしげしげと見つめる。それにしてもよく伸びたものだ。ほんのついこの間、髪を伸ばすと言い始めたというのに。
「あっ、ねえねえ絵美ちゃん」
「……何?」
 きらきらと目を輝かせて言う彼女を見て、嫌な予感がした。というか、何を言おうとしているかすぐに分かった。彼女は見た目の割には子供っぽく、そして何でも顔に出る。
「……髪、伸びた、かな」
 そんなの言うまでもないじゃないか。この会わなかった一ヶ月と少しの間で、肩につかなかった髪はあっという間に肩を越している。大した量ではないけれど、雰囲気はがらりと変わった。まるで私の知らない人みたいに。
「伸びたんじゃない」
「……そっか」
 目を伏せて微笑む彼女の柔らかな輪郭。一瞬のうちに、その伸びた髪がかかって見えなくなる。
「良かった」
「え?」
「……ちゃんと髪伸びてて。だって――」
 切らなかったらそりゃ伸びるでしょう。
 そう遮ろうとして、やめた。何故かとても情けない気分になった。
「してみてわかったけど、髪伸ばすのって大変なんだね。すぐに毛先が痛んじゃう。
絵美ちゃんも髪長いからわかるでしょ?」
「別に、気にしてない」
えー、でもー、と続ける彼女の声を、今度こそ遮る。
「それより、髪が伸びたんだから、これでできるね」
「え?」
「好きなんでしょ、彼。長い髪」
 だから髪を伸ばして、告白するつもりなんでしょ、と。
 ただ切るのが面倒で伸ばしっぱなしにしている私とは全く違って、彼女は好きな男のために髪を伸ばしている。しかし彼女は髪を恋愛の道具にしている訳ではない。自分自身、いやそれ以上に、或いはその彼を思うように、髪を慈しんでいる。命より重く、まるでその髪が自分の恋愛の象徴であるかのように。
「えっ何で知って…………あ」
「ん?」
「え、あ、……何でもない」
 初恋が故なのだろうか、どうやら彼女はそのことを隠していたらしい。私には筒抜けだったのだけれど。顔にすぐ出るのに、何かを隠そうとするのが間違っている。
 もー、と照れくさそうに自分の髪を撫でる彼女。漆黒の髪はさらさらと白い掌を泳いで、捕らえることができない。
 照れて真っ赤になっているであろうその顔は、今は髪に覆われ、表情の断片すら窺い知ることができない。私は彼女のこんな髪、大嫌いだ。
「髪、大事?」
「あ、当たり前よ!」
「ふーん、よく伸ばしたもんね」
 命より重く、まるでその髪が自分の恋愛の象徴であるかのように。
「……ねえ、今日うちに来ない? 泊まっていいよ」
「え、いいの恵美ちゃん?」
「うん。来て来て」
「わあ、久しぶりだー」
 きゃあきゃあと子供のようにはしゃぐ彼女は、明日の朝一体どんな表情を見せてくれるだろう。
「じゃあ学校終わったらそのまま行っていい?」
「うん。服も貸してあげるよ。
……あ、そうだ。ねえ、帰りに駅前の文房具屋、寄っていい?」
「いいよ、何か買うの?」
「…………内緒」
 悪戯っぽく笑ってみせると、彼女はむくれた顔で迫ってくる。なーんでー、と髪を揺らして。
「さあね。あ、遅刻するよ」
 彼女を追いて走り出す。
 そうだ、一体どれくらいするのだろう。今持っているお金で足りるだろうか。やっぱり色は銀だろう。それ以外考えられない。きっと彼女の漆黒に、鋭い銀色はよく栄える。安っぽいプラスチックのなんか、絶対に駄目だ。
「絵美ちゃーん、待ってよー」
 追いかけてくる彼女を尻目に、私は足に、全力をかけて。
 早く学校なんて終わってしまえばいいのに。そうして早く放課後が来ればいいのに。
 そして放課後のことを思い浮かべる。ざくっと音がするだろうか。辺りにぱらぱらと散らばるだろうか。彼女は泣くだろうか。怒るだろうか。諦めて、くれるだろうか。抵抗されないためには、寝ている間がいいだろうか。
 どきどきと胸が高まった。まるで目の前で起こっているかのように描ける――言うなれば、私の初めての、殺人現場。