基因と半壊旋回

授業中に目が合えば微笑む。すれ違えば手を振り、手を握ることだってある。それ以上のことも――ないとは言えない。私はいつか描いた模範的なまでの恋のかたちに、陶酔しきっていた。
私が以前紗弥にさせた怪我は、もうすっかり治っていた。私はもう紗弥に負い目を感じることはない。脅されることもない。怪我というのは治れば跡の残らないものだと、私の考えは変わってきている。
自分の考えが今までと全く正反対に変わっていく。それもこれも、竹田楓が原因だ。馬鹿みたいに笑う彼女に自分が変えられていくことが、馬鹿みたいに嬉しい。
「茜ちゃん、今日一緒に帰れる?」
まさか竹田楓の誘いを断るなんてことがあるわけない。私は喜んで承諾した。今日はどこに行こうか。昨日は本屋に行った。その前は――ふと、視界に紗弥が入る。紗弥は話しかけてこないまま、こちらに近づいてきた。のそりのそりと、いつもと纏う空気の違う、紗弥。
「何、紗弥?」
「…………」
ぎゅっと口を結んで俯く紗弥は、何も言わない。何も言わずに、私の目の前に立っている。
「紗弥?」
どうしたの、と言いかけたところで、腕を掴まれた。いつもの元気さなんてかけらも見えない。腕を掴んでいる手の、力のなさに私はどきっとする。
「茜……」
酷く頼りない声でそう言いながら、紗弥は私の腕に小さく爪を立てる。血なんて出ない。薄く跡も残らないような、弱々しさで。
かっと、体の内側が熱くなった。主に胃の辺り。
紗弥が何をしたいのかは分からない。意味なんてないかもしれない。けれど、私はこの行為に何かを動かされた。そしてきっとそれは、竹田楓によって変えられたもの。
――暴力は愛情表現。
いつかのことが、鮮明に思い出される。毎日のように、じゃれてくる紗弥を軽い暴力で引き離したこと。二年前のこと。竹田楓が、放課後の二人きりの教室で私の頬を打ったこと。
変わるとか、変わらないとか、動かすとか、動かさないとか――そんなことに、もう意味はない。
「ごめん、紗弥」
紗弥の腕を掴んで、引き離す。
たとえこの一時的な感情にまた後悔したとしても、私は未来の自分に反省はしない。二年前といい、私は周期的に同じことを繰り返している気がする。私が忘れているところに、もっと同じようなことがある気がする。それがいいか悪いかと言えば、やっぱりいい気はしない。
「ごめんね」
一音一音の繋がらない棒読みで、紗弥に伝える。
特に具体的な謝る対象外あるわけではない。けれど――きっとこれは拒絶に取られる。抱きしめようか一瞬迷って、彼女の腕を掴み返した。思いの外白く細くそして弱々しい腕に、爪は立てずに。

「今日はどこ行く?
昨日は本屋に行ったよね。今日は――」
竹田楓の、例えばころころと表情が変わるところ。うるさいところ。筋の通らない話をするところ。その全部に、きっと私は惹かれている。
「……茜?」
そんなところは変わらない。けれど、外形的な変化はある。例えば私を名前で呼び捨てるところ。甘えた声をだすところ。触れる距離が近くなったところ。それらの変化に、私は実のところ。
ぱちん。
――いらだたされていた。
「……っ」
呆然とした顔で頬を押さえる竹田楓に言うことは、細い腕を傷つけるよりは容易い。