嫉視性糖質リリック

 目の前には色とりどりの小宇宙。
 もとい、たっぷりの砂糖に濃厚な生クリーム、ベリーにオレンジアザランチョコレートその他もろもろ、糖類と脂肪でできた物質。――欲望まみれの。
 手を伸ばせばすぐに届く。

 無味乾燥な灰色のテーブルの上に、原色に輝く十数個の甘いもの。目に痛い。これで合成着色料保存料を一切加えていないだなんて、世の中は嘘ばかり。
 嘘のかたまりを、お行儀悪くも手で掴んで口に運ぶ。砂糖の液が手についてべたべたと粘着性を持って絡み付いてくるけれど、気にせず次のかたまりへ。
 一心不乱に食らい付き、気づけばテーブルの上は片付いていた。
 全部で何キロカロリーしただろうか。普通に考えれば、カロリーを気にする前に体が耐えられない。三十分も掛けずに食べるなんてことは、ありえない。
「馬鹿みたいに食べるのね」
 実際馬鹿なのよ、と付け加える。だってこれは言うなれば自暴自棄。単なるやけ食いなのだから。
 やけ食いしていたなんて、そんなこと思い出したくはなかった。忘れるために食べていたのに。

 飛鳥と話すのを拒んでから、一ヶ月が経った。より正確に言うのなら、八代飛鳥と必要事項以外を話すのをやめて三十四日経った。
 ことの始まりは小さな違和感。それはごくごく小さく細やかで、網の目にも掛からない。
 それが発見されるまで、わたしは言葉にならない蟠りを抱えていた。四六時中、もやもやと霧のかかったような心でいた。それが発見されて、わたしの考えは大きく変わった。発見されたのは……時間の問題。そこに他者の介入はなかった。そう自分に思いきかせる。
 飛鳥は女の子に優しい。これでもかってくらい女の子に優しい。そして彼女はわたしにも、おそらく同様に等しく優しい。
 等しく、ってなんて残酷。わたしは彼女が好きだった。彼女はそれに、好きの何分かの一で返してくれた。何分か、の分母は女の子の数。きっと彼女が知っている全ての女の子の数。
 明らかに釣り合わない。平和的に均等に分けられてもわたしの心は平和じゃない。もうずっと紛争状態だ。彼女のせいで。
 ぜんぶくれないのならぜんぶいらない。
 わたしは、飛鳥と話すことを拒んだ。

 机の上に垂れたチョコレートを指で取って舐める。甘ったるい香りに酔いしれる。
 そう、香り。……また嫌なことを思い出した。その瞬間、私の鼻腔を飛鳥の香りが突く。勿論、彼女はここにはいない。覚えてしまっているのだ。あの、素晴らしく芳しいわけではないけれど、うっとりとさせる生活感のある生々しい香り。
 机の上に転がったベリーを摘み、口に運ぶ。

「飛鳥、ねえ」
 こそこそと、内緒話をするように駆け寄る女の子。飛鳥は笑ってその話を聴く。
「悔しい」
 何が悔しいって、まさか女の子に嫉妬しているわけじゃない。わたしが悔しいと思うのはわたし自身。嫉妬しているのは、わたし自身。
彼女の全てを拒否して関わらない生活を送ればいいのに、必要事項を話すのは、目で追うのは、まだ彼女が好きだから。なんて情けない。

 鼻を削げば飛鳥の香りを意識しなくなるだろうか。
 目を潰せば飛鳥を目で追わなくなるだろうか。
 まさか、そんなことはない。形としてそれはできなくなるけれど、元から変わるわけじゃない。だって、嘘のかたまりを食べなくなれば、嘘を吐くのをやめるだろうか?
 無味乾燥な灰色のテーブルの上に、原色に輝く十数個の甘いもの。手を伸ばす。この小宇宙たちは完全に受身で、何の抵抗も行動もおこさない。万物に等しく存在している。
「皮肉なことね」
 本当に。
 ひとつのかたまりを掴んで、強く力を込める。それは呆気なく形を崩す。これはせめてもの宣戦布告。それにしたって、やっぱりこれは自暴自棄。嘘と欲望で汚した均衡を以って自分を傷つける――なんて倒錯的。
 わたしが嫉妬する、わたしとの紛争。