小夜なら

 世界は滅ぶと君は言った。わたしの母の、そのまた母の頃から模範的女性であるところの女子アナウンサーは、困ったような控えめな笑顔を崩さず世界の終焉を宣言した。規格化され検品された女子アナウンサーはみんな同じに見えた。その時代時代によって髪型が、メイクが、服が、話し方が、仕草が異なっていても、みんな似たりよったりで区別なんかできなかった。けれど違った。立体映像の彼女が、小さな唇を動かして「あしたしょうご、せかいはほろぶみとおしです」と発声した時、わたしが彼女の顔に西日がちらつくのに目を細めていた時、考えるより先に了解された。あ、君だ。
「小夜」
 小夜、小夜、小夜! どうして今まで気付かなかったのだろう。左目だけ閉じる癖、鼻の横の黒子、中指と同じくらい長い薬指。細部を見れば特徴は消えていないのに、キャラクタに目が眩んでわたしは何も見ていなかったのだ。
「人は言葉に引き摺られてしまうから、実際のところ、ほとんど何も見てないの」
 小夜のささやき声が頭に響く。
「……まずはそれを知ること。そして諦めること」と私はその続きを言う。
「人が言葉を使う以上、論理を組み立てる以上、それは仕方がないこと。言葉はすべてを抽象化するから、人はそれに甘えちゃう。具体性なんてめんどくさいばっかりで、まともに取り合わない。そのうち具体なんてものそのものを忘れ去ってしまう。みんなちがってみんないいこと、忘れちゃう」
「だから私たちは」
「言葉を武器にする。具体的私なんて私だけが知っていればいい。人にラベルを貼られて出荷される前に、自分で自分をデザインすればいい」
 七年前そう言った彼女が前時代的な偶像を演じているのは納得できるような、できないような気がした。それは想像が当たっていたか否かという話ではなく、彼女を理解する――しようとする上で、納得しないにはあまりにも彼女らしすぎて、納得するにはあまりにも普通すぎる、という、つまりは彼女をある程度理解していることは自負しているが完全に私の手のうちの彼女でいてほしくない、という彼女との関係性への拗れた思いが影響していた。相も変わらずそんな不健全なことを考えている自分が嫌だった。今の今まで彼女の言葉を忘れて具体的小夜を発見できもしなかったくせに。けれど私は「具体的私なんて私だけが知っていればいい」を再び引用し、微笑む。知ったふりも知ろうとする努力もいらない。大事なのは、分を弁えること。一生賭けてもすべてを知ることはできないし、そもそもすべてを知ることは求められていない。けれどそれでも知りたいのなら、絶対にすべてをわかれないのを前提として、その苦痛に喘げばいい。
 小夜に会いたいような、会いたくないような気がした。会って小夜が七年前のままだったら。会って小夜が言葉への感受性を鈍くさせていたら。会って小夜の論理は健在で、けれど私がそれを受け入れられなかったら。結局、小夜の論理が更新されていて私はそれをほのかに崇め尊敬する、くらいがちょうどいいのかもしれない。七年経って、世界が終わる時になっても私たちの間に変化がない、というのも陳腐だけれど。
兎にも角にも時間がない。半世紀前の予想に反して今もって残る国家というやつに、その構成員は振り回されっぱなしだ。二番目に大きい大陸が滅び、一番目に大きい大陸が滅び、北半球は壊滅した。破壊の技術は日々進化し続ける一方で、復興の技術は伸び悩んだ。攻撃にはコストがかかり、容易に復興されてしまうような破壊は可能であってもなされはしない。攻撃の後には破壊が残る。私が今いるのは南半球の小さな小さな島。島と言うにはあまりにもお粗末で覚束ないところで、恐らくは物理的要因によって明日滅ぶらしい。ノアの方舟を用意しようにも造るだけのスペースすらなく、同じような境遇の、実体に触れたことのないご近所さんたちも、みんな死ぬ。仮に今生き残っている人がいるならば。このご時世、何より尊いのは情報で、もうほとんど意味をなさなくなった大きな情報までも、抱えきれなくなってもなんとか保持しようとしている。そのせいで人は棲家を追われ死んでいく本末転倒。けれどわたしはどうだっていい、というのが本音だった。いつ死ぬかもわからない。いつ手足が吹っ飛んで、傷口を海水に浸しながら生活することになるかもわからない。そんな暮らしにすっかり慣れきった私は、自分の生死にも人の生死にも関心がなかった。
「人は死ぬよ」
 物質が、と小夜は付け加える。じゃあ精神は?
「『人に忘れられたとき』? その前に、精神は生きてる? 生死を語るには、私たちには宗教が少なすぎる」
 七年前の時点で、宗教はクラシックなファッションとしての意味しか持っていなかった。いくつか前の世代がアニミズムを嘲笑ったように、私たちは宗教を嘲笑っていた。多くが解明されていったから。神憑り的なものなどないと科学が証明していったから。
 小夜は何かを鞄の中から取り出しながら、
「哲学をやるには宗教の言葉を学ばないといけない、けど、イッツ・ソー・イェスタディ」
 出てきたのは小さなキャンディ。二つある。
「私の物質は死ぬ、けど、私の精神は死ななくてもいいし、どこにあってもいい。たとえば私の精神がここにあっても」
 と小夜は私にキャンディを一つ手渡す。ピンクの包装紙を剥いて口に入れると、いちごみるく味。小夜ももう一つのキャンディを口に入れ、頬を膨らませる。
「私の精神、どんな味?」
 私がなめているのは小夜の精神/いちごみるくの物質。味がするのは物質であって精神ではない。小夜はこういう真似をいやに好んでいた。少しの思わせぶりな態度で人の心をすべて取ってしまう、一粒万倍の力技。わたしはどう答えたのか、思い出せない。
小夜に会いたい。
 ぼんやり答えを探っていたときに、ふと浮かんだのはそれだった。小夜に会いたい。もう、私たちの関係なんて、どうなってしまってもいいから。
人命より尊いデータベースに不法アクセスし、ログを探る。小夜のライフログ。限りなく物質的なものから限りなく精神的なものまでわんさとある。どうせもう生きてはいないんだろう、生きていたって世界の終わりには取り込み中かもしれない。そう思いながらデータをスキャニングしていく。そこで、ふと、気がつく。私が小夜を見留めたのは何によってだったか。――目、黒子、指――物質。小夜の肉体。だって小夜は自分の印象を操ってしまうから、ほとんど不変なのは肉体だけ。私はそう言い訳をする。何故か後ろ暗い気持ちで。私の会いたい小夜は、どこにいるの? 上品な笑顔で華やぎを添えるだけの肉体に、小夜の精神があるって、誰が言えるの?
「精神の存在なんて私だけが知っていればいい」
と、小夜は言うのか、言わないのか。
「私の物質、どんな味?」
と、小夜は言うのか、言わないのか。
『あしたしょうご』がくる間際に、思い出す。
「私の精神、どんな味?」
と小夜は言って、
「……小夜は、私にとっての宗教、宗教の味がする」
と私は言った。同じ質問に、小夜ならどう答えたんだろう、と考えながら。