思考と均衡関係

そんなつもりはなかった、というのが最初の感想だった。何とも私らしい。それでも保身を一番に考えるのは当然だという考えは変わらない。
数日前、私は彼女の足を蹴った。彼女から軽くじゃれられ、鬱陶しかったから自然と足が動いた。私と彼女の間では、というより私の周りではそれは本当に普通のことで――感覚が麻痺していたのかもしれない。それでも少し力を抑えたつもりだった。けれど、足があたった時の衝撃は思ったよりも強いものだった。あっ、と声をあげて痛いという彼女に、私は慌ててごめんと言った。本当に悪いと思ったのだ。
その日は少し足が痛むと言っていたが、そこまで気にしなかった。少し引きずるようにした足を見て、なんてわざとらしい、かまって欲しいのかと思ったほどだ。
しかし、休日を挟んで今日――彼女は包帯を巻いてきた。私の蹴った右膝に、白い包帯がぐるぐると巻かれているのを見て、私はぎくりとした。どうしたの、なんて訊けるはずもない。歩いているから骨折しているわけではなさそうだということは推測できた。
ああ、眩暈がしてきそうだ。吐き気も感じる。彼女が病院に行って、怪我の訳を訊かれて、そして――私の家に電話がかかってくる。両親がどれだけ怒るかなんて想像さえしたくない。この場合傷害罪だろうか、停学になるだろうか。それか、彼女は先生にどうしたのと言われて――最悪の事態の数々が頭の中を駆け巡る。
今日の体育で、彼女を転ばせようかと思った。そうして足の怪我がいつできたかを誤魔化す。……いや、誤魔化せる筈がない。もういっそ、死んでしまおうかと思った。私が死んだらもう私のせいだろうと責める相手がいないのだから。
落ち着いて考える。こうなったのは運が悪かったからで、いつもだったら殴る蹴るなんて何回でもしていることだ。こんな風に暴力がまかり通っていることに驚く。けれど、私はそれをよしとしていた。口では言えないことを、暴力に代えて言える気がして。ただの自己満足でしかないのに。
女の子が暴力なんて、と頭ごなしに言う人が成長過程にいなかったせいか、私は暴力に馴染んで生活していた。それにしたって人を蹴ったりしていい年ではない。
堂々巡りで要領を得ない考えに、我ながら呆れた。もう当分は暴力とは関わりたくないと思う。
ふと、彼女が視界に入る。目が合った。逸らそうにも逸らせない。ゆっくりと彼女が近づいてくる。彼女は私に普段通り抱きついた。ただし、足を怪我しているから少し体重がかかってくる。彼女は私の肩に手を回し、体重を預けて私にしか聞こえないような小さな声で言った。
「足、ひび入ってた。誰にも言わないから――責任、とってよね」
にっこりと満面の笑みを浮かべる彼女に、これ異常ないほどの苛立ちを感じた。私が悪いのは事実だけれど、その言い方は何だとか、口調が気持ち悪いとか、理由付けることのできない苛立ちだった。
けれど彼女の脅しは完璧で、私は一連のことを誰かに言われたら困るのも事実だ。特に両親に言われることを考えると、本当に怖くなる。
彼女を引き離すと、また目が合った。得意げな意味が酷く鬱陶しい。私は深呼吸をして前を見据え、手を振りかぶり、彼女の頬を力強く打った。