極彩色ドロップス

 皆さんおはようございます。ご機嫌いかがでしょうか。本日も親愛なる友人の具合はよくなりません。寧ろ、日毎に悪化しているような気さえしてくるのです。

 ひとは言葉を覚えたけれど、それは本当に必要なことだったのだろうか。私はそうは思わない。実際のところはさておき、私にとって言葉は必要がないどころか、私を苦しめる忌ま忌ましいもの、それだけなのだから。
 私の友達には画家がいる。本人は気づいていないけれど、彼女は言葉を上手くコントロールできる、立派な画家だ。彼女の家には何一つ物がなく窓さえない、閉塞的で真っ白な部屋がある。きっとよくない目的で造られたものに違いないけれど、彼女はそこを仕事場として日常的に使っている。
 彼女は一つ一つの言葉を掴む。欲しい言葉は塗りたくり、いらない言葉は消す。まるで俊秀な画家が無数の絵の具の中から頭の中に浮かぶ色を選び出せるように。無辺の組み合わせの中から欲しい色を作り出せるように。
それを彼女はひた隠しにし、親密な私にさえ言わない。私はどういう訳かそれを知ってしまっているけれど。きっとそれは、私が彼女にとっての絵の具屋だからで、些細な問題だ。
 自分に押し付けられた背負いきれない言葉、それを上手く使いこなせる能力というものがある。
 それを彼女、春日居美咲は持っている。私は持っていない。けれど、私は思い通りの絵を描ける。美咲はそれを持ってはいない。ただ理不尽に押し付けられた言葉を機転をきかせて使うだけ。どちらが平和かといえば、それは私の方に決まっている。けれど、人生は、生活は、とても退屈。不謹慎にも。

「おはよう」
 おはよう美咲。
「今日は早いね。どうしたの?」
 美咲は普段、遅刻ぎりぎりに教室に来る。けれど今の時間は八時。珍しい、というよりは嫌な予感がする。
「やめたの。無駄なことは」
 最近ようやく肩につくようになった髪を揺らして俯く彼女。無駄なことなんて、そんな悲しいことを言わないでほしい。
 彼女には気になる人がいる。その人は違う教室にいるから、その姿を見るために、そして運がよければ話すために、彼女は毎朝その教室に向かう。
 なんて健気な話ではないか。それを無駄なことなんて、あんまりではないか。
 私の不機嫌さを少し察したのか、美咲は違う話題を持ち出してきた。幼なじみの私たちには共通の言葉が多く、話題は尽きない。
 私の言った冗談に美咲が笑う。鮮やかな反応をする。私の絵は完璧だ。長年の付き合いの美咲さえ、私の絵に騙される。
 私が描くのは、完璧な絵ではなく精巧な騙し絵なのかも知れない。

 スクールカーストという言葉がある。インドで差別的なまでの身分制度があったように、学校にも身分制度がある。それは明文化されない、空気みたいなもの。
 例えば我が友人美咲は贔屓目でなくとも、なかなか整った顔付きをしている。それに頭もそこそこいい。彼女はそれに準えるならば、明らかに上位の人間。
 私はといえば、平均的な顔付きで、どちらかと言えば醜い顔をしているかも知れない。けれどそれは完成に打ち消してしまえる。私が描く絵が私を覆ってくれるから。人が誰かにつける色はわからない。けれど海なら青、草原なら緑というように、予想はつく。私なら思い通りの絵を描けるから、尚更。
 毎日は退屈だ。それは私が退屈な絵を描いているからかも知れない。

 じゃあね、と美咲が言った。
 彼女の家の前。彼女のパレットの前。
 私の描く絵が退屈なら、奇想天外な色彩をぶちまければいい。
「待って、美咲」
 ――けれど、私にはできない。自分の力は自分のためだけに。彼女は彼女のためだけに、閉塞された空間で色を塗る。そしてそれは八代飛鳥のためでもある。彼女が思う人の。
 では私はどうすればいいのだろう。退屈な日々に彩りを添える慎ましやかな物語が形を保つために、私は何ができるだろう。
 何もできないのはわかっている。それでも私は諦めたくない。それなら私は、例え利己的であろうと、強引にでもできる限りのことをするだけ。
「ちょっといい?」
 嘘でも構わない。ただ少しだけ、私の日常に――思い通りの色しか塗られない日常に、甘い夢もあるんだっていうことを知らしめて。
 私の夢を壊さないで、美咲。

 皆さんおはようございます。お変わりなくお過ごしですか。私の友人はといえば、相も変わらず暗い顔をして臥せっております。しかし、何も変わらないわけではありません。そういう時には友人として、気の置けない幼馴染みとして、話を聞いてあげるのです。そして、ほんの少しでも背中を押してあげるのです。それは端から見れば彼女のためですが、実際は私のため、私だけのためです。私はなんて利己的な人間なのでしょう。
 ――けれど、それで私と彼女、そしてもしかするともう一人の彼女が報われるのならば、それはそれで良いことだと思うのです。
 ねえ、どうでしょう?