芳崎かのこによる聖女変遷記-前編-

 聖女のようだとはよく言ったもので、確かに汐花は一筋のしなやかな髪の毛から繊細な足の先まで、全身が穢れを知らないように輝いている。いつだって人を立てるし、時々怒ってみたりはするけれど、優しさに溢れ、笑顔が絶えることはない。勿論、ただ慈愛に満ち溢れた人だというだけで皆が彼女をそう呼ぶのではない。そのすらりとした体とか、すっと光の差す飾らない涼やかな顔だとか、見た目の美しさも充分、加味されている。
 妬ましい、と思うことさえ傲慢だ。だって彼女は人間ではない、聖女なのだから。

   *

 私にとって、彼女というのは全く特別な存在であったのだ。
 彼女とは幼少の頃からの付き合いだ。その当時から彼女は優しくひたむきで、素晴らしく可愛らしい女の子だった。幼稚園、小学校、中学校と地元の、近所の子しか通わないようなところで、ずっと私達は慣れ親しんで境界のつかないようなぬるま湯につかっていた。クラス替えはあったけれど、みんな仲良し、な平和極まりない関係。それが初めて高等学校という大海原に出た私は驚いた。複数の学区という区切りがはずれ、一気に外の水が流れこんできた。平穏たるぬるま湯はもはやそれではなくなった。
 彼女は、確かに、私たちの間でも特別で大切にしていたけれど、聖女。その扱いの大きさは何だ。どこにでもひとりかふたり、このくらいの上等な女などいると思っていたのに。
 廊下を歩くとひそひそと、良い噂も悪い噂も聞こえてきた。興味本位の踏み込んだ話も。それがひどく、許せなかった。彼女が悪く言われることではなく、私の知っている彼女が大衆に弄ばれているという事実が、ただただ許せなかった。幼い頃から知っている、というだけで少しばかり優越感に浸ったことはある。しかしそれも仮初めだった。思えば彼女は昔からあんな様子で、その時間軸が違うだけ、全く特別なことはない。
 私はある種の救いがたい感情を抱いていた。それは独占欲。つまりは「私の汐花」と思っている節があったのだ。
 ただ皆に好かれようと、男に支配されようと、それはどうだっていい。付き合ってみればわかるだろうが、彼女はあまりにも綺麗すぎて、汚れた心とは交われない。誠実すぎるのだ。徒に感情を爆発させることもないし、甘えたり、我が儘を言ったりすることもない。数日後にはうんざりして、運の良かった男はノイローゼにでもなっていることだろう。とはいえ。実際に彼女に底まで踏み込むものは現れなかった。高嶺の花、ということだろうか。そんな心境は私にはよくわからないけれど、そっと胸をなでおろした。.
 きれいはきたない、は彼女には通用しない。けれどその実、本当は穢れに溢れた女なのではないかと思っている。こんな世界の中で、代償もなしに清純でいられるのか? 私は思う。この世のありとあらゆる穢れを知っているからこそ、彼女は清純を保てるのだと。聖女なんて存在しない。あるのは張りぼての、いかにも大衆が好みそうな「清純」な女。
 聖女など存在しない。

   *

 聖女など存在しない、と鉄壁を打ち砕いたのは、まさしく聖女と謳われた女自身。
 聖女は薄汚れた街の男の手を取って、穢れた闇の中へと消えてしまった。
 いつものように学校へ行けば、家を訪ねれば、汐花にはいともたやすく簡単に会える。しかしそのかつての聖女は今はただの、女だ。
 いくら慈愛に満ち溢れようと、それは最早聖女ではない。純潔を失った女のどこが聖女たるものか。
 からだ全体に気怠く冷たい感情がふつふつと湧いてくる。呆れ、落胆し、私が好きだった汐花の、どこを大切にしていたのだろうかと今更ながら疑問に思う。
 純潔を失ったのと同時に私の彼女への興味は、愛着は、執着は、薄れ、廃れた。とすると私は純潔に恋い焦がれていたのだろか。――なんてくだらない。なんて、なんて、なんて。私は汐花を愛したわけではなかったのか。汐花という器が持つ、壊れやすく不確かなものを大切にしていたのか。
 しかし大衆は彼女を手放さない。聖女たる彼女は今日も慈悲深く。