Hey,my dear friend.

 あーああ、下校時刻のベルが鳴っちゃった。まあ普通に帰ろうとしたところで――あの子の姿が目に映る。誰とも会話せずに仏頂面で歩く、あの子。可愛い。可愛いっていうより愛おしい、の方が近いかもしれない。愛だけじゃなくて、ちょっと同情も入ってる。
 あの子は人間嫌いなんだ、って私は思ってる。……思い込もうとしてる。人間嫌いだから冷たいのは当然だって。私を見てくれないのは当然だって。それなのに、あの子は私と一緒に帰ってくれる。方向逆なのに。あっちから声をかけてくれる。人間嫌いなのに。自分は特別なんだ、って。
「あ、ゆーちゃんだ。一緒に帰ろ」
「うん」
 文月が私を見てくれないのは、私が女だからじゃないと思う。だって女子校だし。そんな冗談は日常茶飯事だし、きっと抵抗なんかない。別に、一生付き纏う気もないし。数年数ヶ月、数日でもいい。少し夢を見させて欲しいだけ。
 さっきまでの仏頂面とは打って変わって、今隣にいるあの子は柔らかな笑顔を浮かべている。この笑顔は私だけ、一緒に帰るのも私だけ。……それなのに、文月は私を見てくれない。
「文月、……えーと、今日本屋に行こうと思うんだけど」
「ん、ゆーちゃんが行くなら私も行く」
「ありがと」
 それなのに文月は私を見てくれない。
 一緒に帰って、すぐ隣にあの子がいるのに、なんでこんなに悲しくなるんだろ。……泣きたい。泣きたいよ、文月。
 私があの子を好きなのは、別に、あの子が女だからじゃない。だって私はレズじゃないし、バイでもない。ただ、あの子が好きなだけ。愛おしく思うだけ。性別なんか関係ない。性別に関係なく人間が嫌いなあの子のように。
 嘘でもいいから。嘘でもいいから愛してるって言ってほしい。私は愛おしみしかあげられないのに、愛が欲しいなんて、わがままなのは分かってるけど。
「あ、危ないよ、文月」
 前から車が走ってきた。あの子の手を引いて、歩道側を歩かせる。文月はちょっと驚いた顔をして、それからふにゃっと笑ってありがとうと言った。あー、あの子の手が離れてく。泣きたい。
 私、好きな子がいるんだけど、私のことなんか眼中にないの。ねえ、どう思う? ――文月に訊いたら、なんて言うかな。「きっとゆーちゃんなら大丈夫だよ、私が保障する!」とか言っちゃうんだろうな。あーああ。
 愛してるって言って、って言っちゃおうか。言ってくれるよ、きっと。中身なんかなくても、幸せになれるって、絶対。でもやっぱりやめとこっかな。人間嫌いだもんね、言わないよね。
「……ゆーちゃん?」
「え?」
「難しい顔してるよ、なんかあったの? 大丈夫?
 ……なんかあったら相談してね」
 言ってくれるよ、きっと。
「文月、あ、……愛してるって、言って」
「ん? なあにー? はずかしいなぁ、あいしてるよゆーちゃん」
 頬を赤く染めてはにかんで私の目を見て愛してるという小さくて舌足らずで人間嫌いな私だけの文月。
 私だけの。
「文月」
 もうどうなってもいい。悪い結果には絶対ならない。だってもともと私を見てくれないのだから。見てくれないのだから、ゼロより下にはならない、絶対に。
「女の子同士の恋愛ってどう思う?」
 ちょっと驚いた顔をして、それからふにゃっと笑っ
「反吐が出る」

 ――文月は私を見てくれない。言ってくれるよ、きっと。あいしてるよ、ゆーちゃん。ゆーちゃん。
 反吐が出る、だって。
「……放心状態? 駄目だね、ゆーちゃん。
 こんなこと他の女の子に言っちゃ駄目だよ。……気持ち悪いもん。
 でも、私は駄目なゆーちゃんと、明日も一緒に帰ってあげる。楽しいんだもん。クラスのあたまからっぽの女の子とくだらない話するより、ゆーちゃん見てたほうが、楽しいんだよ」
 あの子は、文月は、私を――
「……まだ放心中? つまんないな、いつもみたいににやけたらいいのに。
 ん、でも私は駄目なゆーちゃん、見捨てないよ。明日も明後日も、続くかぎりずーっと一緒に帰ってあげる。……本屋さん行くのは、明日にしよっか。今のゆーちゃん、ちょっとつついたら崩れちゃいそう」
 ――私を。「じゃーぁね、ゆーちゃん」
 ぱたぱたと駆けていく文月。
 文月は私を見てくれた。――見てくれていた。
 明日も明後日も、続くかぎりずーっと一緒、って。見捨てないよ、って。
 文月はもう角の向こうへ行って見えなくなった。あれ、なんだろ、泣きたい。んん、私泣いてる? なんでだろ。文月が私を見てくれたのに。胸が痛くて苦しい気がする。
「……帰ろ」
 文月の向かった角とは逆方向に歩き出す。あれ、まだ涙止まんないよ。あーああ。……あ、これって嬉し涙? 胸がどくどくいってる。
 明日は本屋じゃなくて、どっか外に行こっかな。文月は興味ないかもしれないけど、カラオケとか。うわ、興味なさそう。それから――繁華街で、文月が嫌いそうなことを、暗くなるまでずっと一緒しよう。だって文月は楽しんでくれるんだから。
 文月は、私を見てくれない――見てくれた?
 あー、涙が止まらない。これはもう、あの子の愛でしか止められない。